2011年10月22日

鷺と雪



 昭和初期の帝都・東京を舞台に、資産家の令嬢である私・花村英子とお抱え女性運転手・別宮みつ子=ベッキーさんが不思議に挑む − 『街の灯』『玻璃の天』に続くシリーズ最終作。


・内容(「BOOK」データベースより)
昭和11年2月、運命の偶然が導く切なくて劇的な物語の幕切れ「鷺と雪」ほか、華族主人の失踪の謎を解く「不在の父」、補導され口をつぐむ良家の少年は夜中の上野で何をしたのかを探る「獅子と地下鉄」の3篇を収録した、昭和初期の上流階級を描くミステリ“ベッキーさん”シリーズ最終巻。第141回直木賞受賞作。


 著者は、この作品に関するインタビューで、「人間というものは金魚鉢の中にいる金魚のようなもので、“今いる水”は見えません。どうしてわれわれが『歴史』を学ぶのかということにも関わってくるんでしょうけれど、要するに、過去は見える。しかし登場人物たちは、これから十年後に世界がどうなってゆくかわからないわけです。一方、われわれは『歴史』を知っている。描かれた時代が過去であるからこそ、作中の登場人物の運命を知りつつ読むことによって、作者は語っていないんだけれど伝えられる部分があるということです」と語っている(本の話WEB『詐欺と雪』著者インタビューより)

 “深山幽谷でなければ鳴かず、里に降りることさえ稀という、あの鳥が今、昭和十年夏の夜の大東京を渡っていた。”(166ページ)

 あの鳥とは、「ブッ・ポウ・ソウ(仏法僧)」と鳴くコノハズクであり、この鳥が人里で鳴くのは「凶」であるそうだ(山が冷え込み過ぎるとコノハズクは里に降りてくる。その年は凶作になる)。

 能楽『鷺』で、名人・梅若万三郎が「直面(ひためん:面をつけないこと)」で演じるべき「鷺」を、なぜか面を付けて“素顔を隠して”演じる。この鷺は“勅命によって捕らえられる”。

 著者は、これらの小さな史実と二・二六事件を歴史のうねりとして結びつける。

 そして、繋がるはずのない電話が繋がる不思議なラスト・シーン。

 松本清張氏『昭和史発掘』の中のほんの一節「官邸の電話は一本だけ残して、みんな切った。『その残した電話が銀座の服部時計店の番号と似ていたらしく、ハットリですか、という間違い電話がずいぶんかかってきた』」という文章から、ベッキーさんシリーズは生まれたという。

 この構想力、想像力、創造力、妄想力。そして、美しい日本語。

 しかし、北村薫氏の著作は、読む者に教養を求めるところがある。こちらにはそんな教養がないから、素敵な物語だなと思いながらも(とはいえ、このシリーズは二・二六事件とその後に訪れる軍国主義の時代の足音が聞こえるので、素敵なだけの話ではないが)、エンタメとして十全には楽しめないうらみが残る。

〔評価〕★★★☆☆


 次は、『ガリレオの苦悩』(東野圭吾・著/文春文庫)。
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posted by ふくちゃん at 16:52| Comment(0) | TrackBack(1) | ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「鷺と雪」北村薫
Excerpt: 帝都に忍び寄る不穏な足音。良家の令嬢・英子の目に、時代はどう映るのか。 昭和十一年二月、雪の朝、運命の響きが耳を撃つ―。 第141回直木賞受賞作品。 華族主人の失踪の謎を解く「不在の父」、補導さ..
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