2015年07月07日

光圀伝(上・下)




・上巻内容(「BOOK」データベースより)
「なぜあの男を自らの手で殺めることになったのか」老齢の光圀は、水戸・西山荘の書斎でその経緯と己の生涯を綴り始める。父・頼房の過酷な“試練”と対峙し、優れた兄・頼重を差し置いて世継ぎに選ばれたことに悩む幼少期。血気盛んな“傾奇者”として暴れる中で、宮本武蔵と邂逅する青年期。やがて文事の魅力に取り憑かれた光圀は、学を競う朋友を得て、詩の天下を目指す−。誰も見たことのない“水戸黄門”伝、開幕。

・下巻内容(「BOOK」データベースより)
「我が大義、必ずや成就せん」老齢の光圀が書き綴る人生は、“あの男”を殺めた日へと近づく。義をともに歩める伴侶・奏姫と結ばれ、心穏やかな幸せを掴む光圀。盟友や心の拠り所との死別を経て、やがて水戸藩主となった若き“虎”は、大日本史編纂という空前絶後の大事業に乗り出す。光圀のもとには同志が集い、その栄誉は絶頂を迎えるが−。“人の生”を真っ向から描き切った、至高の大河エンタテインメント!



 水戸黄門様こと水戸光圀。

 諸国漫遊は、実際にはしていないこと。進取に富み、大日本史を編纂し、水戸学を創始したこと。

 知っていることは、その程度。しかも、上記の知識さえも不正確なものであった。

 浅学菲才の身には、この『光圀伝』のどこまでが史実で、どこからが虚構かは正確には分からない。

 正室・泰姫の侍女・左近は架空の人物かと思ったら実在で、光圀の最期を看取るシーンも史実に近いらしい。

 編者不明の『土芥寇讎記』(どかいこうしゅうき)』。その存在をこの小説で初めて知ったのだが、五代将軍綱吉当時に編纂された全国諸藩の“通信簿”のようなものらしい。その成立に関する説は、説得力があるように思える。

 自ら抜擢し、自分の後を継いだ子の下で水戸藩大老となった藤井紋太夫(ふじいもんだゆう)を、最終的に自らの手で屠るわけだが、なぜそんなことをしたのか、不明らしい。その殺害のシチュエーションは異様である。一応は、綱吉の側用人・柳沢吉保と結託して、光圀失脚を画策したためという説が有力らしいが、光圀が隠居した後の出来事であり、しっくりこない。

 この小説は、光圀の紋太夫手討ち(殺害)のシーンに始まり、同じシーンで終わる。

 そこには、光圀の幼少期から老年期の生き様と苦しんだ後にようやく見出した大義、光圀を敬愛してやまない紋太夫が史書編纂・研究の中で見つけた水戸家を思うゆえの大義の対立があった。

 これにも説得力があるし、この着想がこの作品を描かせたのかな。

 光圀がこれほど文武に秀でた英傑とは知らなかった。荒れていた若い時代も含めて、いささかカッコよく描き過ぎのような気もするが・・・。

 欲を言えば、もっと長くても良いから、様々なエピソードをじっくり描いて欲しかった。やや駆け足の印象が残る。

 タイミングを合わせて、冲方氏による「『光圀伝』謎解き散歩」(新人物文庫)も刊行された。読んでみよかな。

〔評価〕★★★★☆


 次は、未定。


ラベル:光圀 黄門 冲方
posted by ふくちゃん at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・時代小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。